loser's howling for tomorrow

ネタバレ注意。小説、漫画、アニメ、ゲーム、音楽、お笑いのことなんかを書き殴っています

2018ベストアルバム(ごちゃまぜ)


いやー、「吉本の戸愚呂兄弟」こと金属バットはホンマに面白いですねえ。吉本はこんな才能しかないコンビを12年もほったらかしてたんか。アホな会社やなあ。



あ、話題まちがえた。


本題に入りましょう。
「2018年のベスト○○」音楽部門の第2弾、ベストアルバム部門です。
















というわけで2018ベストアルバムはMaison Book Girlの「yume」です。

数ある「楽曲派アイドル」の中でも特異な存在感をその身にまとう「現代音楽アイドル」、それが彼女達Maison Book Girlです。僕は二年ほど前から彼女らに並々ならぬ関心を抱いていました。なんせ楽曲の殆どが奇数拍子。なのになぜか耳に残る。といってもライブ行ってみたいと思うほどのめり込むこともなく、でも音源が出れば買う。という中途半端な状態が二年続いていて、このアルバムの楽曲「おかえりさよなら」のMVも半ば惰性で視聴しました。
これがまさかの全編4/4拍子という、自身らのアイデンティティーを崩壊させかねない「普通のリズム」の楽曲だったのです。とはいえそこらのアイドルポップスにはありえない、身にまとう空気はそのままに「普通のリズム」ならではのベタともいえるドラマティックさを演出する楽曲とMV。ちょっと言葉にならなくて、「新境地やな」とだけツイートしたことまで覚えています。


そしてその余韻もまだ消えきらないうちに発表された「狭い物語」のMV。前回ベストチューン編でも挙げた楽曲ですが、これが「おかえりさよなら」と打って変わっていつもにも増して奇天烈なリズム進行。7拍子ぐらいなら今までの彼女らの楽曲にもいくつもありましたが、この曲はA,Bメロサビがそれぞれ7,5,3とすべて奇数拍子な上に基本のリズムとウワモノと打楽器が全部違うリズムで鳴っているように聞こえるため、歌い手にとってものすごく難しい曲なんです。初めてイントロ聴いたときは「うわー、これ歌いこなせんのかぁ?」と不安になったりしましたが、歌いこなすどころじゃない、Maison Book Girlのあの空気を保ちつつ、今までにない熱さすら感じるエモーショナルな歌唱で一気に僕の鼓膜をぶち抜いてくれました。
そしてリリースされた全21曲(!)収録の2ndフルアルバム「yume」。
上記2曲でぐいぐい上げまくったハードルを余裕で越える、期待以上の傑作、いやそれ以上に自分にとって特別な作品になるかもしれないと思わされるほど素晴らしいアルバム。コンセプチュアルアートとしての完成度がえげつないぐらい高い上に、キーとなる10曲ほどがすべてシングルカットできそうなキャッチーさまで持ち合わせている辺り、「売れ線の芸術」というあり得ない形容をしたくなります。
とにかく凄い傑作。
2018年は本当に新曲、MV、シングル、EP、そしてとどめのこのアルバムに至るまで、Maison Book Girlの手のひらの上で転がされた一年だったように思います。






さて今回も次点以下のアルバムをいくつか紹介します。これまた恐ろしいほどの完成度で世に放たれた、USインディーロック、サッドコア、スロウコアの代名詞、僕が20年以上偏愛して止まないバンドの最新作、LOWの「Double Negative」です。
Maison Book Girlのもそうでしたが、これまたアルバム単位で聴かないとその凄みがわかりにくい作品と言えるでしょう。実験作であるが故に少し地味で意図が伝わりにくいのもマイナス点かもしれません。
ただ僕はこれ、一聴してやられました。ライブではちょっとしたポストロックばりのミニマル轟音ギターを鳴らしまくってたとはいえ、アルバム全編通してここまでエクスペリメンタルな音作りをしてくるとは。しかも付け焼き刃感がまったくなく、なんなら同じく2018リリースのOneohtrix Point Neverの「Age Of」なんかより全然実験的で、エレクトロ通過後のサイケデリアを感じさせてくれるんですから。
そして最終曲「Disarray」



これまでのLOWが持っていた儚げな美しさと新機軸のドローンやグリッチノイズが混じり合って深夜に爆音で聴いてるとうっかり召されそうになる名曲です。最後にこのキラーチューンを持ってくる構成も完璧。
リスナーや各メディアからの反応も頗る良いようで、派手なところでは、WARP RECORDSの「2018年の50曲」みたいなセレクションにロックバンドとして選ばれたのは、彼らの上記の曲「Disarray」とNine Inch Nailsの「God Break Down The Door」の2曲だけだったりしました。






お次はこれ。Twenty One Pilotsの「TRENCHです。アルバム1曲目の↑がとにかく格好いい。DFA1979なんかを思い出させるヘヴィーに歪みまくったベースのリフにまずトばされて、終盤のやけくそみたいなシャウトでもう降参。この一曲の中にストーナー風味のざらついた重さとチルウェイヴ的な線の細い歌心と激情ハードコアの熱さが共存しているというのは、これはもう文句なくヤバいなと。んで最初はこの曲ばかり聴いてたんですが、あれ、他の曲も曲調は散漫だけど、光るもんあるなあ、って思いながら聴いてる内にハマったもう一曲。



祝祭感はまるでアンダーワールド。でもサビで何度も歌い上げる「Don't Believe The Hype」はパブリック・エネミーのかつての大名曲のタイトル。つまりメッセージがあるということ。このあたり絶妙なバランス感覚だなあと思いました。
「TRENCH」というこのアルバム、今までより若干ロック寄りのアプローチが増えたのは確かだけど、『バランスとか知らん』とばかりにバラッバラの曲調なんですね。そこがいいとも言えるけど、アルバムとしての統一性は薄いので、年間ベストに選ぶのはちょっと違うなあということで。


さて、トップ3はこんな感じでしたが、まだもう少し紹介したい作品があるので、ずらっとアルファベット順に一口コメント(?)でお送りします。




A Perfect Circle/Eat The Elefant

待てど暮らせど新譜のニュースすら聞こえてこないTOOLの代わりによく聴きました。良作。




Alva Noto/UNIEQAV

'18年は坂本龍一氏とのコラボアルバムも出てましたが、僕はこっちの方が好きです。ドイツ人だからなのか、聴いてるといつもノイとかカンを思い出します。




Animal Collective/Tangerine Reef

実はあんまり好きじゃなかったバンドですが、このアルバムはいつもの奇天烈サイケ絵巻からポップさをバッサリ削ぎ落とした潔さが気に入りました。通して聴くのはちょいしんどいですが。




Beach House/7

いつもどおり良い、という感じ。目新しさはないけど好きです。このMVはちょっと狙いすぎ笑




Car Seat Headrest/Twin Fantasy

やっぱりUSインディーは最高だぜ!ちょっと地味だけどいい曲ばっか。ギターがめちゃくちゃいい。




Chris Dave And The Drumhedz/Chris Dave And The Drumhedz

ヤベエ奴があらわれたって思いました。ブラックミュージック界のドラムヒーロー。どこを切り取っても盛り上がる。'18年冒頭のリリースでしたが、なんだかんだずっと聴いてた気がします。




Deafheaven/Ordinary Corrupt Human Love

言わずと知れたポスト・ブラックメタルの雄。というかここまで来るとブラックメタル云々で語るのがアホらしくなってきます。ただのデフヘヴンのただの最高傑作。彼らには今後とも唯我独尊を貫いてほしいものです。どうでもいいですがジャケットに写っている謎の人物がアインシュタインの稲田くんにバリ似ててクソ笑いました。




Dirty Projectos/Lamp Lit Prose

大傑作だった前作からわずか一年でリリースされた本作はとにかく明るくてポップ。前作の重さが好きだったので拍子抜けしましたが、これはこれで悪くない。




Elvis Costello/Look Now

僕かてたまにはオッサンの聴くような音楽も聴くんです。いやいや大傑作ですよこいつは。近年の、というかここ15年ぐらいの間でのコステロの最高傑作かも。このオッサンがJ-POPに与えた影響って実はとんでもなく大きいんじゃないかと思います。




GoGo Penguin/A Humdrum Star

ジャガ・ジャジストとかESTの血を受け継ぐ所謂ポスト・ジャズバンドたち(たいして数はいませんが)の中では最も若く最も勢いのあるピアノトリオの最新作。同じように「アコースティック・エレクトロニカ」とか呼ばれていながら、ジム・オルーク周辺のいわゆる「シカゴ音響派」とはまったく違った印象。むしろ山本精一氏のバンドROVOなんかと似た感触。まだ化ける余地もありそうな将来性のある頼もしいバンド。(エスビョルン・スヴェンソンみたいに)早死にしないでほしい。(Jaga Jazzistみたいに)寡作になりすぎないでほしい。




Jack White/Boarding House Reach

ホワイト・ストライプスという肩書きもそろそろ必要なさそうな天才ギタリストのソロ最新アルバム。天才ギタリストと言いながら、以前のように弾きまくってるのはWhite Stripesの「Seven nation Army」を思い出させるこの曲だけなので、そういうの期待すると肩すかしかもしれませんが、僕はジャック・ホワイトがこのアルバムでやろうとしたことは、サイケデリックロックの新しい可能性かもしれないと思っています。




Kamasi Washington/Heaven and Earth

さきほど名前を挙げたGoGo PenguinやJaga Jazzistなんかに通ずるフィーリングを持ち合わせているんだけど、こいつらはその二組とは違い、根っこが真っ黒なフリージャズ。でもところどころ電子音が入ってるのが生粋のジャズっぽくなくて、そこが大好物ですね。




Mammoth Weed Wizard bastard & Slomatics/Totems

これは2バンドによるスプリットアルバムなのでここに挙げるのはためらいましたが、どうしてもMammoth Weed Wizard Bastardというアホすぎるバンド名を紹介したかったので。バンド名はこんなですが、女性ボーカルのストーナー・スラッジバンドとしては、最近売れまくってるCult of Lunaに勝るとも劣らない存在感を持ったバンドだと思っています。




Mount Eerie/Now Only

この人のMicrophones名義の頃のヤバさは、CD再生して20秒で気づく類いのヤバさだった。Mount Eerie以降は、聴き始めてから20分でやっと気づくヤバさ。どちらがどうとか野暮なこと言いたくないけど、僕はオーバー40のれっきとした老害なので、思い入れ補正たっぷりに今でもMicrophonesばかり聴いてしまうのでした。いいアルバムなんですけどね。このへんはもう好みでしょうね。




Philip H. Anselmo and The Illegals/Choosing Mental Illness as a Virtue

パンテラのボーカリスト、フィル・アンセルモのソロバンド(ロブ・ハルフォードのFIGHTみたいなもんか)の最新作なんですが、'17年リリースのscour名義がもろブラックメタルだったのに対し、こちらのイリーガルズ名義ではバリクソ激烈なブルータル/テクニカルなデスメタル。ついに50歳の大台に乗ったフィルのボーカリゼーションも、若いバンドの演奏も正直少し物足りない感がありますが、やっぱり僕らパンテラ直撃世代にとってフィル・アンセルモは特別なボーカリストなんです。最近ライブではパンテラのカバーばかりやってて食傷気味なので(そもそもパンテラの曲をツインギターでカバーするとかあり得ない)、ここらで一発イリーガルズとしての単独来日公演をブチ決めて往年のパンテラファンを唖然とさせてほしいものです。




Pinegrove/Skylight

USインディー界隈でいま僕がLOWの次ぐらいに注目しているバンドの最新作。最近のLOWにはあまり感じられない「アメリカーナ」で満載の、何年後かに名盤と呼ばれてもおかしくはない素晴らしいアルバム。前作と比べて内省的でおとなしいアレンジには賛否あるかもしれませんが、僕はどっちも大好き。




Soccer Mommy/Clean

オルタナ通過後のシンガーソングライター、と言ってしまえばそれまでなんですが、この冷め切った音の空気が逆になぜかエモーショナルに響く感じが自分的にはツボでした。とくにこの「Your Dog」はベストチューン候補にも挙がったぐらい好きです。20年ほど前にスマッシュヒット(笑)したパティ・ロスバーグの「Inside」という曲をなぜか思い出したりしました。なんか冷めた空気が似てる気がする。




Sons Of Komet/Your Queen Is A Reptile

狂乱のトライバル・ジャズ。こんなもん踊るしかないでしょう。ドラムとパーカッションの絶妙なアンサンブルがクソ格好いいです。




Tim Hecker/konoyo

美麗ドローンといえばこの人。今作はその美麗さと、いつも以上にエグいドローンノイズの落差が凄い。それでいて「konoyo=この世」というタイトルが示すように、メロディーや音色にどこか醒めた空気が漂っていて、アンバランス一歩手前とも言える大胆な作風に仕上がっています。




Yo La Tengo/There's a Riot Going On

Sugarcubes」や「Blue Line Swinger」といった過去の曲での轟音ギターは今作でもやっぱり聞こえてこない。もう封印しちゃったのかな。でもいいアルバムです。幽玄という表現がこんなに似合うバンドはいないでしょう。




というわけで2018年ベスト○○、アルバム編でした。予想以上に長くなってしまいましたが、これでもけっこうはしょったんです。勘弁して下さい。
それではまた。

2018ベストチューン(国内)

さっそく貼っていきます。

まずは今年のベストチューン。大好きな大好きなイースタンユースがアニソンを歌ってくれたというだけで感涙ものなのに加えて、楽曲がねー、むちゃくちゃいいんすよ(歌詞も)。ただただ格好いい。ベーシストが交代して初めてのアルバム「SONGentoJIYU」も、もちろん大傑作ではありましたが、ここ何年かのイースタンにしては、という括弧付きで褒めてるのが自分でもわかってて、それが何とももどかしかったものですが、この曲はそんなもやもやを吹き飛ばしてくれました。かつてファンだった方もゴールデンカムイ好きなだけの人も、みんなもっとイースタンユースを聴いて下さい。



今年はベストチューン部門が超激戦だったので次点以下も何曲か貼っときます。Maison Book Girlはこの後もベスト何とかで登場する予定なのでサラッと。Aメロ7拍子Bメロ5拍子サビ3拍子という奇天烈なリズムで何でこんなキャッチーな曲ができるのか不思議でたまらん。そしてMVがヤバい。



ハイスコアガールのアニメやってた時は2018ベストチューン早くも決まったな、と思ったぐらいこの曲もハマりました。Last.fmさんによるとどうやら僕が一年で一番多く聴いた曲だったようです。ここ5,6年ずーっと「楽曲派アイドル」と呼ばれるアイドルグループに注目してきたのですが、この楽曲で彼女らはそのカテゴリーの中では個人的にかなり上位の存在になったように思います。MVもなかなか凝った構成で面白いのですが、いかんせんハイスコアガールのOP映像が素晴らしすぎて、ちょっと霞んじゃいましたね。



さて皆さん、BiSHですよ。こんなんMV見た瞬間2018ベストチューン早くも(略)って思うでしょうよ。青春パンクな楽曲、歌詞、MV、普段のBiSHとのギャップ、全部が最高すぎてもう……自分が一番好きなグループがこんなに自分的にツボな楽曲を歌ってくれるとは……。ベストチューンはこの曲とで本当に迷いました。背負ったものの大きさでイースタンユースに軍配を挙げましたが、ぶっちゃけほぼ同着です。ちなみにですが僕はこの曲をCDで持っていたいがために一万近くする限定版シングルを買いました。特典のライブ映像がしょぼくて泣きそうになりましたが、そんなんいいんです。僕はBiSHを愛しているのです。



またアイドルか、という声が聞こえてきそうですが、いやいやこれ聴いて下さい。むちゃくちゃ格好良くないですか。簡単に言うとエモいギターロックなんですが、2010年以降の「エモ・リバイバル」とやらとはちょっと、いやかなり違う。彼女らには根底に「ロック」を感じるんですよね。ナンバーガールとかCOWPERSとかに通ずる感覚というか。そのバンドサウンドに乗っかるのはまだあどけなさを残した少女(アイドル)の歌声。先に挙げたsora tob sakanaもそうなんだけど、自分はこういう「本格的なサウンドに乗る少し頼りない歌声」がなんか凄い好きなんです。こういうのもギャップ萌えっていうのかな。



急に大物アイドル出してみます。2018年の彼女らはメンバー脱退とか色々あって若干ややこしい立ち位置だったんですが、いやしかしこの曲は本当に素晴らしい。djent風味のイントロからいつものベビメタに戻るのかと見せかけた上での美麗なサビメロ。しびれますね。自分は特にベビメタの大ファンというわけでもないんですが、たまたまこのMVで聴いてバッキバキにヤられました。この曲はライブ映えが中々すごいと聞くので生で聴いてみたいなあ。でもチケット取れないんだろうなあ…



さて2018ベストチューン部門(国内編)でした。
次は国外編をやろうと思ってますが、あまり候補が多くないので、先にベストアルバム部門をやっちゃおうかと考えています。
それでは、できればまた早い内に!(希望的観測)

そして僕はHR/HMに出会った(音楽編パート3)

もうね、動画貼って一言でいいんじゃないかと思うんですが、あーこれはやっぱり語りたい、という音楽があってしまうと、そんなルールは無視です。

今回はハードロック・ヘヴィメタルオンリーで行ってみます。というのは、僕は本当に一部の例外(ブランキージェットシティー他)を除いて、高校3年間ヘヴィメタルしか聴いていませんでした。メタル専門誌「BURRN!」のディスクレビュー読んで、さて今月はどれを買うべきか。「BURRN!」誌の評価を信じて、クロスレビューの平均84点を買うのか、、レビューの片隅に載ってる聞いたこともないバンドのアルバムに92点をつけたその編集者を信じるべきなのか。はたまた100点満点で5点をつけられてるイミフなデスメタルを買うべきか。
そんなアホみたいなことを毎日授業中ずっと考えていた結果、高校から成績がガタ落ちという惨事に。
……音楽は人を救うことがありますが、人生に呪いをかけることも、ままあるようです。

さておき、今回はHR/HMの、特にHR、つまりハードロック特集で行ってみようかと。


ジューダスプリーストから入ったって言ったって最初はこんなもんです。(その当時だと)超売れ線のアメリカンロック。
この曲たしかリーバイスのTVCMか何かで使われてたんですが、正直に言うと、この曲いまだに僕めちゃくちゃ好きなんです。
たまに聴くとマジで視界が霞みます。



僕が人生で2番目に観に行ったライブはこのマイケル・モンローの来日公演でした。この曲なんかはもうロックンロールのイメージそのもので、見た目もヤンチャ、でもBJCに感じた「不良の文学」はあまり感じない。のに、なんでか僕は彼が大好きでした。人生で初めてバンドのグッズを購入したのはマイケル・モンローのTシャツでした。



これまた凄く好きなバンドで、ライブ行けるかもって機会が何度かあったんですが、「とにかく演奏がクソみたいにヘタ」「Vo.のセバスチャンの歌が演奏に輪をかけてヘタ」と言う評判ばかり聞こえてきて、うーんと尻込みしてライブには行けずじまい。一時はすごく夢中になったんですが、そういう巡り合わせもあってか、3rdアルバム以降の彼らには殆ど興味を持てませんでした。



これも大好きでした。チャラいお化粧バンドみたいな見た目に反して、演ってることはクイーンやビートルズビーチボーイズなどの影響を受けたポップなハードロックっていうギャップがなんかね、ビビっと来たんです。




説明は不要でしょう。多くの僕と同世代の方にとっては、キラキラ眩しいブラウン管の中のアイドルでした。この恥ずかしいアイドルノリは3rdアルバムまでで、次作「New Jersey」辺りからは土着的なアメリカンロックを演りはじめて、その辺から本気で好きになった気がします。ちなみに僕にとっての最高傑作は「Keep The Faith」です。





このバンド辺りがちょうど境目な気がするんですね。音楽的に、ハードロックとヘヴィメタルのちょうど境目に立ってる音楽性。その他に特筆すべきことはないバンドなんですが、彼らはもう一度このブログに登場することになるでしょう。



ハードロックではない、ハードなロックンロール(この曲はちょいハードロックぽいですが)。西成におるようなオッサン五人(言いすぎと思うかもしれませんが、僕は以前西成でアンガス・ヤングそっくりのホームがレスな人を見たことがあるのです)がこのスタジアム満席にして大合唱起こるとか奇跡のレベルですよ。彼らほど、ずーっと同じことやってるのにずーっと格好いいバンドって他にちょっと思いつきません。なのでボーカルはボン・スコットの方が良かったなんて当たり前のことは言わないことにしておきます。



AC/DCよりは音圧があってハードロックっぽいけど、やっぱりこのバンドもどちらかというと爆走ロックンロールといった趣。ちょいパンク風味。レミーが生きてる内にライブ一回ぐらい観たかったです。



僕が高校生の頃に最も人気があった「洋楽」。これぞアメリカンハードロック、という典型の音を鳴らしてるんだけど、メンバー個々のプレイヤビリティとか、愛想の良さとシャイさのバランスが絶妙だったのでしょう。やたらと女子に人気がありました。僕はその当時まだそういった知識はなかったので気づきませんでしたが、おそらくこの時既に腐女子たちはメンバーとメンバーのカップリングにハアハアしていたらしく、それによって火がついたのか、気づけばどえらい規模のバンドとして成長していきました。
好き、嫌いはまったく別として、僕が高校生の頃に一番頑張って何度も何度も聞き直してコピーした特別な曲です。葬式で流されたらちょっと勘弁してほしいけど、僕がもしイージー・ライダーデニス・ホッパーみたいに路上で吹き飛ばされるようなことがあったら、この曲なら別に流れててもいいかな、と思います。
「理屈だけのロックが本物のロックに迫ろうとあがく彼らの姿が感動的だった」
この一文で済んでしまいますね。



今回はとりあえずおしまいです。バラード編とかやってたらキリがないので飛ばします。
次からが本番と言っていいでしょう。
HR/HMのHMの方、つまりヘヴィメタル特集でお送りしたいと思っております。


ではまた、なるべく早い内に。

音、知りそめし頃に(パート2)

音楽編パート2です。
前回の反省をいかして、ポンポン動画貼っていきます。

少し前にtwitterでも貼らせてもらいました、この動画。戸川純ファンにはもちろん鉄板の大人気曲なんですが、ちょっと変な場所で変な人気がある楽曲でもあります。日本橋ヨヲコという漫画家の代表作「G戦場へヴンズドア」の作者あとがきに、この曲の歌詞が丸々掲載されたことがあったんです。あれで戸川純を知った漫画読みも少なからず居るんじゃないでしょうか。


これもtwitterに貼りましたのでさらっと紹介を。とはいってもこのバンド、Judas Priestは僕にとって大事な「ヘヴィ・メタル」を教えてくれた偉大なバンドなので、ちょっと一言では何とも…
とりあえずこの曲聴いて下さい。これに何も感じなければヘヴィ・メタルに縁がないと言っても差し支えないぐらいの、レジェンドによる原点回帰の名曲です。回帰でありながら、この頃既に台頭しつつあった「スラッシュ・メタル」の要素すらも取り込んだ意欲作でもありました。


僕はJudas Priestに出会ってメタルキッズになりましたが、時を同じくする頃、パンクロックをさらに過激に進化させたハードコア・パンクに夢中になりかけたことがありました。なりかけた、というのはつまりならならかったわけなんですが、なんで僕がハードコアではなくメタルに走ったのかというと、単純にメタルの方が音源が手に入りやすくて、駅前にあるクッソ狭い本屋にでもメタル専門誌「BURRN!」が売られていたという所が大きいです。あの頃はネット通販もありません。特に日本のハードコアパンクバンドなんてみんなインディーレーベルから出してるからろくに広告もない。どこに行けばこの動画のスターリンや、リップクリーム、ガスタンク、ギズムの音源を買えるのかすらもわからない。いろいろ手は尽くしたのですが、そこまで無理しなくても、過激な音楽ならメタルの方が好きだし、ハードコアは今はまあいいか、とこの時は判断し、例外的なバンド(ガスタンクなど)を除いてはあまり時間と労力を使うことを避け始めました。それでも僕はハードコアパンクへの興味を捨てきれなかった。その気持ちが僕をこの頃からアンダーグラウンドの世界に少しずつ引き入れていくことになります。


名前が出たのでガスタンクの代表曲『GERONIMO』も貼っておきます。ガスタンクというバンドは初期の頃はゴリゴリのハードコアパンクサウンドを聴かせていましたが、その後徐々にポジパン、ゴス(今でいうV系みたいなもんだと思って下さい)方向に寄っていって、それはそれで僕は好きだったんですが、でもやっぱり一曲を挙げるとなるとこの曲でしょう。イントロでブチ上がりますね。


ついでにこの頃よく聴いていたルースターズ。もちろん僕がリアルタイムで知ってるのはVo.の大江が脱退してからの花田ルースターズからぐらいなんですが、やっぱ大江時代が凄いですね。彼らが居なかったらブルーハーツブランキーもミッシェルガンエレファントもなかったかもしれない。


これもギリリアルタイムに間に合わなかったバンド。見た目ホストやんけ、という意見はまちがってはいないけど、逆ですどっちかというと。ホスト達がこぞって氷室京介になろうとしたんです。今となっては何がそんなによかったのか思い出せないのですが、めちゃくちゃよく聴いてました。


今回の〆はこのバンド。たぶん僕が人生で初めてライブを見に行ったのがARBでした。彼らは1990年に一度解散しているのですが、その解散ツアーをなぜか僕は観に行ったのです。昔のこと過ぎてどこの何ていう箱で観たのかとか何にも覚えてないので、未だにあれは夢だったんじゃないかという思いが頭をよぎったりもしますが、行ったはずです。
いやー、しかしなんでチン毛も生えそろっていない中学生がこんな渋いおっさんロックに夢中になったんでしょうか。不思議です。
それでも本当に大好きだったのは確かで、2011年に放映されたアニメ「輪るピングドラム」でARBのカバー曲が流れまくってたのには額の第三の眼が開くかと思うほど興奮しました。しかも『魂こがして』や『ROCK OVER JAPAN』あたりの派手な曲ならともかく、『BAD NEWS(黒い予感)』、『灰色の水曜日』、『ダディーズ・シューズ』や、他にもちょっとしたファンぐらいだと中々出てこないぐらいの曲も使われてて、この選曲はアニメ監督の幾原邦彦さん自身によるものだったそうです。
あんまりこういうこと言ってると知らん間にアニメの話題にすり替わってしまいそうなのでピングドラムの話はここまで。

上に貼った動画は後期ARBの中で僕が一番好きな曲でした。「明日は何をしよう 待ちに待ったHoliday」と歌うワークソングを14歳の中学生が聴いて、なんでそんなに感動したのか、これもよく覚えてないんですが、たしか同時期に劇場版アニメ「パトレイバー1」を観たんですね。このアニメの監督、押井守という人は物語に対して(ともすれば)必要以上にポリティカルな要素を散りばめる癖がありまして、僕は押井監督のそういう部分が大好きなんです。簡単にいうと少し過激気味な左翼主義的な要素。つまり反体制という立ち位置ですね。
あ、またアニメの話になりそうなのでざっと飛ばします。
つまりARBにもそういう「反体制」を僕は感じ取ったのでしょう。そもそもそれは前回に書いたBJCとBUCK-TICKの時にも触れた「不良の文学」とも似た感覚で、僕の厨二心をくすぐったのです。


んー、まだちょっとコメントがクドイですかねえ…
次からは3行コメントぐらいにしとこうかな。

音、知りそめし頃に

一年以上ぶりの更新です。
書きたいことはいっぱいあったんですが、ちょこちょこTwitterで言ってけばいいや、と思ってすっかりこっちはご無沙汰してました。
が、つい最近ショックなことがありまして、今音楽のことを書いておかないと後悔すると確信したので書きます。
主旨としては、現在41歳、バカボンのパパと同い年の僕が今まで聴いて感動した音楽を、体験した時系列順に追っていこうと、まあソレダケです。
同世代の方(70年代生まれぐらい)には追体験として。
もっと若い世代には、上から目線で「これぐらい聴いてなくて音楽好きを名乗るのは片腹痛い」とか言っちゃうような(言いませんが)糞みたいな老害の郷愁に少しおつき合い頂けたらと思います。
たぶんアホほど長くなると思うので、何度かに分けて投稿する予定です。



ちなみにショックな事というのはクリス・コーネルの死です。


彼についてはこの文章の「グランジオルタナ編」で、ちょっと引くぐらい粘っこい愛を語るつもりなので、今はただ、一時代を築いた偉大なシンガーがどうか安らかに眠ることを、そしていつかまたどこかで彼に会えるよう、祈りたいです。


さて本編です。
色々やり方は考えたのですが、とりあえず動画を貼っておいて、それについてコメントしていくというのが、やっぱりまあわかりやすいかなと。

そんなわけで行きます。

僕は幼い頃から映画やアニメが大好きでしたが、映像作品には付きものである音楽についてはあまり重視していませんでした。
もちろん主題歌や印象的なBGMなんかは覚えて口ずさんだりもしましたが、それはただ好きな映像の付随品として楽しんでいるだけ、というか、要するに純粋に音楽として耳にしていなかったんだと思います。
そんな僕が初めて好きになったバンド(バンドか?)がTMネットワークでした。
アニメ「シティー・ハンター」のED曲『Get Wild』がきっかけで、あとはその時の友達がファンだったのでカセットテープをダビングしてもらったりして、ずぶずぶとはまり込んでいきました。
10歳か11歳か、そこらへんですね。TMネットワークのUTSUこと宇都宮隆のヤン毛気味な襟足に憧れたりした記憶があります。すでに中二病発症の兆しが見えております。
貼ってあるこの曲はファンなら誰もが知る名曲なのですが、この後の小室哲哉の活躍が凄すぎて、一般的な知名度はあまり高くない気がします。のちに「小室節」と呼ばれるようになるベタなメロ引用がこの時はまだ新しかったんです。懐かしく、ちょっと恥ずかしいこのザ・80年代な空気は、多くのアラフォーたちの内蔵をかゆくさせることでしょう。ああ恥ずかしい。でも好きだったなあ…


TMネットワークに出会ってから他のどんなバンドやグループにも興味がなかった僕が次にハマったのはBUCK-TICKでした。きっかけはよく覚えていませんが、そろそろ中学生になって悪い子ちゃんぶりたい僕にとって、全員が髪の毛ツンツンに尖らせた暴走族みたいな彼らが中性的で派手なメイクを施していたのはショックでした。TMのいい子ちゃんな雰囲気とは違ってなんか文学的な不良って感じで格好いい!と、当時から坂口安吾寺山修司のような不良文学に憧れていた僕にはドンピシャのルックスにビビっと来て、この曲が収められているアルバム「Hurry Up Mode」を買いました。ちなみにですが、この年頃の男子というのは中性的な感覚も未だ持ち合わせている期間なのだと思います。萩尾望都先生の『11人いる!』で言うところの性的に未分化な存在。だからこそ僕は彼らに惹かれた、とも言えるかもしれません。

さてその最初に買ったアルバムを聴いて、ぶっちゃけ、めちゃめちゃ裏切られました。やってる曲は文学とも不良ともほど遠い、その頃のぼくにとってさえ軟弱と思えるほどのニューウェイブ風味の感じられるポップなビート歌謡ロックだったのです。
「え、あの見た目で?媚びた音楽すぎない?」
期待を裏切られた僕は、それでもあまり好きだと思えないそのアルバムを聴き続けました。中学生の小遣いで買えるアルバムなんてたかがしれてますからね。他に聴くもんなんてなかったのです。
それに、今だからこそ「媚びた」なんて表現が使えますが、何もわかっていないあの時の僕にとっては、その異常とも思える見た目と音楽性とのギャップは、それまで知らなかった興奮をもたらしてくれました。
あ、これって凄い好きかも。と一度思ってしまうと止まらないのが今も昔も僕の悪い癖です。とりあえずその時までにリリースされてるBUCK-TICKの音源を全部聞きたいと思いました(※)。といっても前述のように中学生になったばかりの子供にはそれを実現させることは難しかったので、まあありとあらゆる手段を執りました。一学年上のなんとか先輩がBUCK-TICKファンで、友達にヤンキーの子がいたのでそいつを頼ってその先輩にカセットテープを貸してもらったら、なぜかヤンキー仲間として引き入れられそうになったり、同じクラスにいる不登校気味のM君が大のBUCK-TICKフリークで、その頃はまだ珍しかったCDで全音源を持っているという話を聞き、M君の家にその日の学校のプリントを持っていくのを一ヶ月ほど続け、まずはM君の両親に取り込んで信用させ、少しずつだけどM君とも話すようになって、最終的に全音源をダビングしてもらったりもしました。
最低やなワシ。
M君にはいつか謝りたいと思っています。死ぬまでに会えるといいな。

 ※たしかこの時のBUCK-TICKの最新アルバムは「Taboo」か「惡の華」だったと記憶しています。


では、皆様お待たせしました。僕の物語第一部の主人公三人組。

Blankey Jet City(以下BJC)です。
先ほど僕は、BUCK-TICKに出会った時に、彼らに不良の文学を感じ取った、と書きました。その後僕はBJCに出会って、BUCK-TICKに感じた不良の文学を文字通り体現する『本物の特別』に出会ったということになります。きっとそうなのだと思います。
最初にBJCに出会った瞬間を、今でも昨日のことのように思い出せます。僕は色々あって(便利な言葉)昔の記憶を随分失ってしまっていますが、あの衝撃だけは忘れられない。テレビで偶然見かけた、SONYウォークマンのCMでした。

”……BGに『My Way』を流しながら「断固パンク」が肩書きのモヒカンパンクスと、「絶対クラシック」という想いを貫く白髪の老人、若者と老人がにらみ合う。二人は目を反らさないままお互いのポータブルプレイヤを見せ合う。それは同じSONYウォークマンだった。…ニヤリと不適に笑い合う2人……”

覚えてらっしゃる方は居るでしょうか。僕にとってあのCMは天啓とも呼ぶべきものでした。
あの頃の僕は、勉強ができるというだけで世界を見下して、自分以外はつまんねえやつばっかで話をする気にもならん、などと常日頃考えていました。本気でです。この時まさに14歳、もう中二病のまっただ中ですからね。何の根拠もなく、自分が一番頭が良くて格好良くて面白い、と思っていました。

初めてこのCMでBJCの音を聴いた時、それが全部ぶっ飛びました。
自分と同じような想いを歌に載せる奴らがいる。そして彼らは自分がやりたかったことをこのような形で果たすのか。俺より先に。
とか考える間も与えられずに、なんじゃこれ滅茶苦茶かっこええ!あ、今テロップ出た!…ぶらんきー、なんとかシティー?長い名前だし逆に覚えられそうだな、変な声だし、とか考えつつ自室に向かい最近買った音楽雑誌をしらみつぶしに読みあさって…見つけました。
たしかあまりマニアックではない、PATI-PATIとかぐらいの雑誌の四分の一ページくらいのスペースで「第六代イカ天グランドキング、メジャーデビューアルバム」というような記事とアルバムリリースの日程、'91年4月12日、が掲載されていました。
あのときの興奮も、きっと死ぬまで忘れないでしょう。それを知った翌日、僕は近所の小さな(そしてショボい)レコード屋さんに駆け込んで「おいババア、ブランキーのメジャーデビューシングルとアルバムを予約する。もし約束がたがう時があれば、それは貴様の運命の尽きる時だ!」的なことをなるべく柔らかい言葉遣いで、下から下からお願いしました。年配の夫婦が営んでいる小さなレコード店でその予約を取り付けるには酷く苦労した覚えがあります。

しかしまあ何とかかんとかBJCのメジャーデビュー音源、同時発売だったシングル『不良少年のうた』とアルバム「Red Guitar and The Truth」を発売日の一日前に購入することが出来ました(当時は田舎でも当たり前にフラゲ)。TVで聴いた『My Way』がどこにも収録されていなくて、おもむろに部屋のまどを開け放ち「なんでやねーーん!!!」と叫んでからまた窓を閉めたりもしましたが、そんなことは関係なかった。そこには『本物の特別』だけがあった。
このアルバムとシングルはちょっと制作サイドともめたらしく、メンバー達には納得いかない出来のままリリースされたのだとか。「充分かっこいいじゃん、どこが悪いねん?」と当時の僕は思いましたが、その後土屋昌巳が初めてプロデュースした2ndアルバム「BANG!」を聴いたら、曲の良し悪しはともかく根本的な音質がまず違うことが15歳の僕にでもはっきりわかりました。それぐらいがっかりなパッケージングで世に出てしまったBJCですが、ギターボーカルのベンジーこと浅井健一マジで紙一重の天才っぷりをはじめとするメンバーのキャラの濃さはひしひしと伝わってきました。
あ、音があれなだけで曲自体はすごくいいです。『TEXAS』、『胸がこわれそう』、『ガードレールに座りながら』あたりは後期に至るまで頻繁にライブで演奏されたし、初めてBJCが映像として電波に乗った『Cat Was Dead』、この曖昧な何がやりたいかわからない音作りにもかかわらず自分たちの魂をさらけだすかのような鬼みたいな演奏を聴かせる『僕の心を取り戻すために』、狂気に似た詩情を叫ぶ『狂った朝日』、アルバムのラストをスローテンポのヘビーでドラマティックな展開で見事に締めてくれる『MOTHER』など、名曲揃いの名盤と言って差し支えないと思います。もしこのアルバムを、次作「BANG!」以降長らく蜜月を築いた土屋昌巳がプロデュースしていたら、BJCのすべてのレコーディング作品の中でトップ3に入るぐらいのものが出来ていたんじゃないか、とか思ってしまいますが、この肝心な時にイマイチ決まらない感じというのは、これ以降もBJCというバンドを苦しめることになります。

と、この辺で気づきましたが、僕はブランキージェットシティーのことを語り出すと、本当にキリがないんです。ファンの間でも糞プロデュースの駄作と言われがちな「Red Guitar and The Truth」についてさえこれだけどうでもいいことをウィキペディアも見ずに書いてしまうくらいなんです。

そんなわけでいったん終わります。このままだと「わたしとBJC」みたいな青春振り返ってるジジイの作文になってしまいそうですので。
次からはなるべくコメント短めで色んな楽曲を紹介する形式にしたいと思います。
老害にだけはなりたくないのです。


ではまた、なるべく早めに。

「自分を構成する9枚」とかって自己顕示欲と承認欲求丸出しでちょっと苦笑いしながら視線をそらしちゃうよね、の巻。

今年一発目は何を書こうかずいぶん悩みました。漫画や小説も色々読んだし新しく知った音楽もある、前期アニメの不作っぷりや今期アニメの意外な豊作なんかについても書きたいことはあるのですが、何か最近流行ってるらしい「わたしを構成する9枚」を作ろうと思ってCD棚や音楽フォルダを漁っているうちに9枚ぐらいで済むわけがないという当たり前の事実に直面し、急遽とにかく好きなアルバムを紹介するだけというお茶を濁すような記事に相成りましたが、これがなんとも難産で、無茶苦茶時間がかかってしまいました。
だいぶ時間をドブに捨てたような気もしますが、自分でも忘れてるようなクソ懐かしい名盤を掘り出したりしたので、結果オーライということにしておきたい所存。

 ※一つ一つを何日かにわけてランダムに書いているので統一感のない文章になっていますが、その日のテンションとか色々でこんなことになりました。まあお察し下さい。
まあ始めましょう。まずはこれ。



METAL MOON

METAL MOON

中期ブランキー・ジェット・シティーの最初の一枚であり、永遠のマスターピース。(どこからが中期かは諸説あるかと思うけど、自分は『METAL MOON』から『SKUNK』までを中期として捉えている)
椎名林檎が「無人島に一枚だけもっていくCD」としてこのアルバムを挙げたことがあるが、自分も、まったく同感とは言えないけど同じくらいに思い入れのあるアルバム。
アートワーク、曲、歌詞、エンジニアリングなど、一枚のCDを構成する全ての要素が完璧な奇跡の作品。ミニアルバムでありながら、この後のキャリアでこれをこえるアルバムを出すことができないままブランキーは解散してしまった。そこもまたブランキーらしい未完成さというか不完全さを感じさせてくれる。
ジャジーなイントロから爆裂ロックンロールへの展開がドラマチックな1曲目『おまえが欲しい』、軽快さと重いグルーヴをさらっと両立させた2曲目『Sweet Milk Shake』、打って変わって叙情的な3曲目『ORANGE』、乾ききった情景をエモーショナルに歌い上げる4曲目『脱落』、どれも名曲だが、「ずっと続く海岸線」を「綺麗な首飾り」にたとえて「この世界を君にあげる」と歌われる5曲目『綺麗な首飾り』と、続く6曲目『鉄の月』の乾いた絶望に似た詩情はロックの歴史に残されるべきだと思う。



未完成

未完成

2013年に惜しくも亡くなられた吉村秀樹氏率いる伝説のスリーピースバンド、ブラッドサースティー・ブッチャーズの、これまたとんでもない名盤。
一般的にブッチャーズの名盤として語られることが多いのは'96年リリースの『Kocorono』の方だけど、自分がリアルタイムで最初に聴いたアルバムということでこっちを挙げておきます。
これのリリパあたりからライブにも何度も何度も足を運んだものです。ライブを観た回数が多いのはブランキー・ジェット・シティーが一番だけど、二番目はブッチャーズで、この2バンドは例外的にアホほど何回もライブに行きました。この当時めきめきと頭角を現していたナンバーガールイースタンユースといったバンドとのジョイントライブなんかも足を運んだのを覚えています。ナンバガイースタン目当ての客は暴れまくって鬱陶しいので、坊主憎けりゃ、ってやつで当時はその二つのバンドが大嫌いだったのも今となってはいい思い出です(笑)
これまた名曲揃いなんですが、個人的には6曲目『プールサイド』がダントツに好きです。メランコリーという感情をそのまま音楽に落とし込んだかのような大名曲。ナンバーガールがカバーしていましたが、悪くはない出来だけどオリジナルにはとうてい適わない。夏といえばこの曲でしょう。



千と千尋の神隠し サウンドトラック

千と千尋の神隠し サウンドトラック

これを読んでくれてるような方は僕がオタクであることをご存じだと思いますので、こんな流れをぶった切るような紹介の仕方も許して頂けるでしょう。たぶん。
アニメ映画『千と千尋の神隠し』のサウンドトラック。作曲はもちろん久石譲
先の二枚のアルバムとは認知度も段違いで、たとえば主題歌である『いつも何度でも』なんて、知らない人の方が少ないぐらいでしょう。なんでわざわざこんなメジャーなの挙げるのかと思われるかもしれませんが、それは僕がこの映画をただただ大好きだからという、それだけの理由です。
宮崎駿監督作品のサントラはもれなく大好きなんですが、ナウシカでもラピュタでもトトロでもなくこれを選んだのは、『千と千尋の神隠し』という映画が、まず現代的なな日常を下敷きにしてそこからファンタジーの世界へ入り込むことによって、日常とファンタジーの境目をはっきりと描いていて、そのせいでサントラの楽曲(音色とかも含めて)に異常なまでのノスタルジーを感じさせてくれるというのが大きいです。
トトロにもそういった詩情は感じられますが、あっちはもっとコミカルで楽しくて、わけがわからないんですよね。久石譲の楽曲はわかりやすいキャッチーさの部分が凄いと思うので、この一枚を選んだ次第。
導入であり主旋律として何度も繰り返されるメロディーをもった『あの夏へ』と、クライマックスへと至る溜めのように静かに紡がれる『6番目の駅』がお気に入りです。



灰羽連盟 サウンドトラック ハネノネ

灰羽連盟 サウンドトラック ハネノネ

僕が一番好きなイラストレーター、漫画家である安倍吉俊先生原案のアニメ『灰羽連盟』のサントラです。またアニメかよ!すいません。
いつでもどこでも言い散らかしているのでご存じの方もいるかもしれませんが、僕がすべてのアニメの中で一番好きなのが『灰羽連盟』です。キャラクターデザイン、動画、作画演出、キャスティング、音響など、僕がアニメに求めるもの全部が最高のレベルであり、たぶんこれをこえるアニメはこれからも出てこないでしょう。それくらい好きな作品です。
そしてそんな素晴らしい作品を、目立たず引っ込みすぎず支えるのが大谷幸さん作曲のこの劇判。
1話アヴァンで印象的に鳴らされる『Reflain Of Memory』や、牧歌的でありながらドラマティックな展開が素晴らしいOP曲の『Free Bird』、抽象的な作品のテーマを深く掘り下げた歌詞が印象的なED曲『Blue Flow』など、全曲聴き所満載なのですが、やっぱり最終曲『Ailes Grises』が一番好きです。イントロのサティーを思わせる無機質で乾燥したピアノの旋律が徐々に色を帯び始め、叙情的な主旋律に入る部分は、何度聴いても涙腺が緩みます。
ちなみにこのサントラCDは単体では廃盤になっており、中古以外で手に入れる方法はブルーレイBOX特典しかありません。そんなアホな!名盤やぞ!



ICO~霧の中の旋律~

ICO~霧の中の旋律~

灰羽連盟』が一番好きなアニメだということはすでに述べましたが、では一番好きなゲームは?と問われるなら何の迷いもなく自分はこれを挙げます。
ICO』が世界で一番素晴らしいゲームであると断言します。自分は今までこのゲームをおそらく100回以上クリアしていますが、未だに飽きていません。一度プレイし始めると夢中になってエンディングまで駆け抜けてしまって時間がかかるのでプレイしてないだけで、いまこの瞬間からプレイし始めたとしても一瞬で作品世界に引き込まれ、気づいたらエンディングの感動的な楽曲をぼろぼろ泣きながら聴いていることでしょう。さすがに仮にも定職を持っているいま、そんな無茶をすると仕事に響くのが怖いのでやっていませんが、もし何かあってまた無職に返り咲くことがあれば、まず最初にこのゲームを2周するでしょう。2周目は1周目で隠されてた伏線が少し回収されたり、隠し要素がたくさんあったりして無闇に楽しいんです。
そんなもの凄いゲームですが、サントラの方は正直かなり地味です。上に挙げた2作品と比べると退屈と言ってしまっても過言ではない。
しかし、単に楽曲の地味さや退屈さで劇判としての出来が左右されるわけではないのが、アニメやゲームのサントラの面白さです。
ICO』というゲームは…うーん、簡単には説明できない世界観を持った作品なのですが、とにかく音の隙間が多い作りになっていて、主人公を操作せずに立ちっぱなしにさせていると、おそらくフィールドレコーディングされたであろうやたら臨場感のある、風が廃墟の建物を吹き抜ける音が、静かに静かに聞こえるだけだったりします。
そもそも4分半あるED曲を入れても全部で25分ほどのサントラですから、ゲーム中ほとんど音楽が鳴ってない、鳴っているときも1分ほどのミニマルな曲をずっとループしてるだけだったりなんですが、これを以て手抜きと言う人間がもしいたら「わかってねえ!」と説教します。
作品世界に流れるゆったりとした空気を、現代音楽やポストロック、ミニマルミュージックを通過した楽曲でひっそりと支え、そしてクライマックスでは先述の歌入りED曲『ICO -You Were There-』でそれまでの静謐さを覆し、淡々としながらも切ないメロディーで一気にプレイヤーの涙腺に襲いかかる。恐るべきやり口です。
楽曲の質だけなら『灰羽連盟』の方が勝っているでしょうが、サントラアルバムとしてのトータリティーでは『ICO』の圧勝だと思っています。


 ※『ICO』には制作チームのほとんどを同じくする『ワンダと巨像』という続編というか世界観を共有するゲームがあるのですが、そちらの劇判を手がけているのがこの記事でも取り上げた『灰羽連盟』の大谷幸さんです。(『ICO』の方は大島ミチルさん)
 『ICO』と『灰羽連盟』に何か説明しがたい共通点を感じてしまっている僕にはこれが偶然とは思えません。
 なにかしらのスタッフの思い入れにより、『ICO』の続編の劇判は『灰羽連盟』の大谷幸さんに決められたのだと勝手に信じています。



タンタン・テラピー

タンタン・テラピー

一気に知名度の低いアルバムですが、実はこれの1曲目『バイババビンバ』は「ろうきん」のTVCMソングとして起用されたことがあるので、テニスコーツというグループは知らなくても、もしかしたらどこかで聴いたことがあると感じるかもしれません。
テニスコーツは、常に特異な立ち位置を選び続けていることで知られる、二人組のグループです。ヴォーカリストさやとギタリスト植野隆司のみのデュオですが、テニスコーツ単体名義としてリリースする音源は20年近くというキャリアの長さの割りに少なく、2016年現在でたった4枚のフルアルバムしか出していません(そのうち2枚はPt.1、Pt2に分かれる実質上1つのアルバム)。しかし国内外の様々なアーティストとのコラボによってリリースされた音源は20枚を越える。そのことだけでもテニスコーツの特異さを少しはわかって頂けると思います。
ただ、こういうことをやっている人たちに特有の、アルバム個々の出来不出来がかなり激しいという一面も持っており、正直言ってアルバムとして特に高い評価を彼らに対してつけていません。しかしこのアルバム、スウェーデンのバンドTapeとのコラボによって作り出された『タンタンテラピー』と、あとテニスコーツ名義ではありませんが、2007年に亡くなったDJ KLOCKとのユニットCACOYによる『Human Is Music』というアルバム、この2枚だけは格別の思い入れがあります。アルバムとしてのトータルな出来は正直CACOYの作品の方が上だと思っていますが、この『タンタンテラピー』にはそんなことを覆して余りある超弩級の名曲が収録されているのです。
テニスコーツをある程度ご存じの方はすぐに思い当たるでしょう。2曲目に収録されている『嗚咽と歓喜の名乗り歌』です。シンプルなピアノのイントロに歌が乗り、美しいアコースティックギターアルペジオが紡ぎ出され、そしておそらくはTapeによる有機的でメランコリックなノイズが重なり、楽曲は次第に熱を帯びていきます。とはいえ楽曲全体を見渡せば、極端なダイナミクスがあるわけでもなく、一聴するだけでは静かで起伏の乏しい曲と思われるかもしれません。
この曲を特別たらしめているのは歌詞です。歌詞の内容を分析するなんて事は無粋だと思うので細かな言及は避けますが、これは本当に凄い歌詞です。自分もバンドをやっていた頃は歌詞を書き、最近になって始めたラップミュージックではリリックも書いていますが、たとえ今から生きていくことの他に何もせず歌詞を書き続けたとしてもこの曲の歌詞を越えることはできないでしょう。自信過剰なところのある自分がこんなことを認めるのは滅多にないことです。
世界で一番美しい歌詞をもつ楽曲が収録されているというだけで、『タンタンテラピー』は本当に特別なアルバムです。
死ぬまで聴き続け、機会があればライブにも足を運び、そしてできることなら僕が死んだとき、葬儀の場でこのアルバムが鳴っていて欲しいと思います。



To Everybody

To Everybody

このバンド90 Day Menも、結成されてから20年近く経ちますが、寡作にも程があるだろうというリリースの少なさ。フルアルバムはたった3枚。しかも各アルバムの収録曲は多くても8曲。EPや何かも含めても、40曲ほどしか持ち曲がありません。ライブには行ったことがないのでライブでしか演奏しない曲なんかも存在するのかもしれませんが、そもそも日本語のwikiが存在しないような日本ではかなりマイナーなバンドなので、情報自体がほとんど入ってきません。
僕がこのバンドを知ったきっかけは、うろ覚えではありますが、たしか雑誌「COOKIE SCENE」のディスクレビューだったと記憶しています。まずジャケットの格好良さに一目惚れし、レビューでもべた褒めされていたことから、次の日にレコ屋巡りをして購入しました。巡るって言っても、タワレコHMVで探しても見つからなくて、ダメ元で立ち寄ったタイムボムであっさり見つけちゃったんですが。あの頃のタイムボムはポストロック系メジャーマイナー関わらず充実していたので、最初にタイムボムに行っておけば簡単に見つけられてたはずなのに!…という後悔はしませんでした。買えたことが嬉しすぎて、普段なら他にもCDを物色して5,6枚は買って帰るコースだったんですが、一刻も早くこのアルバム『To Everybody』を聴きたくて急いで帰宅したことを覚えています。
帰宅するなりプレイヤーにCDをぶち込んで聴き始め、1曲目『I've Got Designs On You』のイントロが耳に入ってくると「あれ、ちょっと期待してたのと違うかも…」というガッカリ感が僕を襲いました。このバンドにはボーカルを担当するメンバーが二人いるのですが、その内の1人、Robert Loweの歌声が粘りのある高音で、極端に言えばちょっと生理的に受け付けない感じだったのです。
あいたー、外したかー、と思いながら1曲目を聴いていると、途中からやたらと渋い低音のハードボイルドな歌が聞こえてきて、おおっ!と身を乗り出しました。もう一人のヴォーカリストBrian Caseの、ボソボソとした語りのようでいながら美しいメロディーを奏でるスタイルに、僕は完全にやられてしまったのです。
そして2曲目の『last night, a dj save my life 』、ブライアンが終始リードボーカルを務めるこの美しい曲で完全にノックアウトされ、一発でこのバンドの虜になりました。買える音源はすべて手に入れ、かなり待たされての3rdアルバム『Panda Park』は予約して買いました。これの先行シングル『Too Late Or Too Dead』がこれまた凄まじい名曲で、このアルバムも期待は大きかったんですが、シングル以外の曲がいまいち期待はずれで、今のところ僕にとってのこのバンドの最高傑作は『To Everybody』一択です。ちなみにロバート・ロウの声も今では味があって悪くないと思うようになりました。
ギター、ベース、ドラム、ピアノ、という簡素な構成でありながら、ポスト・ハードコアの影響が伺えるかなり複雑怪奇なアンサンブルを奏でるサウンドは、けっして万人受けはしないでしょうが、今も自分の好きなロックバンドベスト10には必ず食い込む、大好きな大好きなバンドです。一時解散説が流れたときはかなり落ち込みましたが、どうやらバンドは今も続いているようです。10年以上リリースがありませんが、いつか物凄い名盤をひっさげて帰ってくることを期待しています。


 ※と思いきやどうやら本当に解散した説もあるようで、真相は藪の中です。メンバーのソロプロジェクトも全然情報が入ってこない…



THE LAST ROMANCE

THE LAST ROMANCE

Arab Strapというバンドは、たとえば先ほど挙げた90 DAY MENに比べると知名度はかなり高い(Vo.のエイダンがロッキングオンでコラム書いてたりしたし)が、名前を知っていても、彼らがどんな音楽をやっているのか知らない人はかなり多いと思う。少しは音楽を知っている音楽スノッブでも、「あの地味でチープな雰囲気バンドでしょ。ベルセバのおかげでちょっと売れてよかったね」ぐらいにしか思われていない。たしかにTeenage Fun Club、Bell & Sebastian、MOGWAIといった同郷グラスゴーのバンドと比較すると、見た目汚いしやってること暗くて地味だし、リリカルといえばリリカルでハードボイルドだけど、見ようによってはただ延々と愚痴をこぼしてるだけのような歌詞の内容も、ほとんどの人にとってはマイナスイメージにしかならないだろう。
だがそれがどうした。俺は自分を負け犬と名乗るぐらいだから、こういうひねくれて地味で暗いバンドには必要以上に感情移入してしまうのだ。リリース当時少し話題になっていた1stアルバムを聴いて、これは自分の音楽だと感じた。自意識とルサンチマンとナルシズムとをこじらせるだけこじらせ、それでも自らの思う「美しい音楽」からだけは目を反らすことができなかった男が創り出した新しい音楽。先にやられてしまった、とすら感じた。悔しかった。長いこと音楽活動を行っていなかった自分がラップミュージックを始める切っ掛けになった1つの要因にもなった。(ちなみにシュタインズ・ゲートをモチーフにした自分のラップ曲は、このバンドのメンバーのソロアルバムの一曲をサンプリングして作ったトラックが基になっている)
それだけ思い入れがあるバンドではあるが、では特に思い入れの強いアルバムを1枚挙げろ、と言われると、実は少し困ってしまう。シンプルにも程がある安っぽい打ち込みのビート(1stアルバムは生音っぽいドラムだったがクソシンプルなことに変わりはない)に、センスは感じるがこれまたシンプルきわまりないギター、シンセなどのウワモノ、いっそポエトリーリーディングと言ってしまったほうが近い(というか初期は本当にポエトリーそのものだった。徐々に歌っぽくなったので気づきにくいが、改めて初期の音源を聴き直すとメロディーなどほぼ歌っていない)ように思えすらする起伏のない歌。スタジオアルバムは、程度の差はあれど、ほとんどそういう作品ばかりだ。アルバムごとに少しずつ進化はしていたのだが、その進化に驚き賞賛していたのは本当に一部のファンだけだったと思う。
しかしライブアルバムは違う。緊張感溢れる生音の演奏(スキル水準も純粋に高い)によるクリーントーンと爆音のダイナミクスが凄まじいその音塊は、所謂ポストロックと呼ばれるジャンルが好きな音楽ファンなら垂涎ものだろう。歌は相変わらずボソボソとあるのかないのかギリギリぐらいのメロディーでしかないが、演奏とのギャップによってそれすらも味として昇華してしまっている。
というわけなのでアラブ・ストラップで1枚というなら初期のライブアルバム『Mad For Sadness』を挙げようかと思ったのだが、今回のブログで紹介するアルバムはできるだけライブアルバムとベスト盤は避けたかった。
ので、彼らのラストアルバムにしてレコーディングに初めて豪華な生演奏を用いたアルバム『Last Romance』を紹介させて頂く運びとなった。おそらく一番売れたデビューシングル『First Big Weekend』もバンドを代表する名曲『Shy Retirer』も、個人的に大好きな『Cherubs』や『Fucking Little Bustard』も収録されていないが、生ドラムをフィーチャーした最も普通のロックバンドっぽいアルバムである。おそらく彼らはスタジオアルバムとライブとのギャップに自分たちも疑問を抱いていたのだろう。1つのアイデンティティーとして認知されていた打ち込みドラムに象徴される地味さ、それだけでいいのかと。例え不評であろうとも、生の自分たちを切り取ったアルバムを最後に作っておかねばならないのではないのかと。そんな葛藤があったのだろう。どうやら制作前に次を最後のアルバムにして解散するという目論見があったようなので、そんな思いも格別に強かったのではないか。
というのは自分の妄想にすぎないものではあるが、ある程度的を射ているのではないかと思っている。これまでのイメージを一新させるかのような「普通のロックバンド」らしい演奏、アレンジ、今までになくメロディーを歌うボーカル。ドラマティックな曲展開、そして明るさ。
「らしさ」という意味では全アルバム中最もアラブ・ストラップらしくない。実際に自分もレコ屋でこのアルバムを試聴したときには少なからず落胆した。日和ったな、とすら思ってしまった。それまでのアルバムはすべてリリース直後に購入していたが、このアルバムだけは3ヶ月ほどためらった挙げ句タワレコの貯めてあったポイントで購入したほどだった。そして義理のように何回かアルバムを通して聴いているうちに、バンドの解散が発表された。そのときやっとこのアルバムの音の意図、タイトルの意味に気づいて僕は泣いた。熱烈なファンを自称していながら彼らの最後の覚悟を汲み取ってやれなかったことが悲しかった。
それから繰り返し繰り返しこのアルバムを聴き込み、今ではスタジオアルバム中でもっとも好きな作品である。キャッチーとすら言えてしまう1曲目『Stink』、前述の代表曲『Shy Retirer』のアップデート版といった趣の『Speed Date』、そしてホーンセクションを取り入れた最後のお祭り的な狂騒感を感じさせるラスト・トラック『There Is No Ending』が聴き所ではあるが、はっきり言って捨て曲無し、全部名曲。大好きなバンドのラストアルバムだから大いにひいき目はあるだろうが、そこは大目に見て頂きたい。
僕はそれだけアラブ・ストラップを愛していたのだ。


といったところで長くなりすぎたので後編に続きます。
いつになるかは未定ですが…

Japan Post Group Kills me

毎日毎日毎日毎日アホみたいに疲れて帰ってきて、休日もその疲れを癒やすためにだらだらと寝散らかす、という生活が一ヶ月ほど続いています。「マージナル・オペレーション」がクソ面白かったり、clavis師匠の「作る・アマガミSSテレビ」で腹抱えて爆笑したり、色々と今年のエポックな体験もしているのですが、なにせ仕事がガンガンに僕のケツを叩くので、いくらインプットが多くてもアウトプットしてる暇などないのです。

でもこれだけは紹介しておきたい、という作品をいくつか。
まずはこれ。


「世界は喜劇だ。そうあるべきなんだ」


神=王雀孫のまさかのシリーズ第二巻(申し訳ないけど絶対出ないと思ってた)。これに関しては言いたいことが多すぎて何から言えばいいのかさっぱりわからん。わからなすぎて批評もクソもない、感想しか言えないといういつもの思い入れ強すぎパターン。
ただ一つ言いたいのは、2巻は1巻の7倍ぐらい面白かったということ。そして次巻はさらにその7倍ぐらい面白くなりそうだと言うこと。なにせ「おれつば」のファルコン成分強めということなので期待しかない。なにせ俺はファルコンが好きすぎてファルコン視点の歌詞を描いてラップした程度に痛い「おれつば」信者なのである。期待するなと言われてもそりゃ無茶だ。
あと、詳しくは述べませんが、僕の言葉が神に届いていたということがここ5年ぐらいで一番うれしかった。
音楽やっててよかった。



「お前の闇を救えるのは、“われわれ”だけだ。少し“われわれ”について話そう。“われわれ”のなすべきこと、その目的について」


名作「車輪の国、向日葵の少女」や傑作「G線上の魔王」などのゲームシナリオでその地位を確立した風雲児、るーすぼーいのライトノベルデビュー作。とは言ってもるーすぼーいが風雲児だったのは先述の「G線上の魔王」辺りまでで、色々情報だけは聞こえてくるけどいま何をやってるのか(書いてるのか)ユーザーにはさっぱりわからん、といった立ち位置の人だった。今年リリースされた「僕の一人戦争」はヴォネガットの「スローターハウス5」をるーすぼーい風に翻案したかのような作風で、つまらなくはなかったが、「るーすぼーい is Back !!」と大声を出せるほどの出来ではなかった(個人的にね)。ロミオも丸戸も王雀孫も形は違えど奮戦していたとき、スランプだったのか何なのか、静観を決め込んでいた(ように見えた)のもマイナスイメージだった。
というところでこれ、「白蝶記」のリリースである。
一読して、首を傾げた。あれ、こんなもんかやっぱり。るーすぼーい枯れちゃったのかな。いやしかしそれにしては何か何処かひっかかる。きっとこれは読み飛ばしてはいけない作品だ、何度か読んでやっと何かわかったような気がする作品だ、と読み進めるたびにそういう確信が深まっていった。
そしてあのラストである。
やられた、と思った。
何の説明もない、一見すればただの次巻への伏線であるかのような会話で作品は幕を閉じる。実際Amazonなんかのレビューを見ると、「ラストが次巻への露骨な含みで萎えた」だとかいう意見が多いようである。だが僕に言わせるとそれこそ的外れな意見である。この作品はあのラストのシークエンスで完全に完結している。唐辺葉介の「PSYCHE」がそうであったかのように、余計な物など何もない。ある必要が無い。
ひさしぶりに「ライトノベルの皮を被った何か」を読まされた気がした。とか言っててサラッと続巻が出るかもしれないが、その時は自分がるーすぼーいを過大評価したというだけの話である。

まあ続巻どうのこうのは置いておいて、るーすぼーいという作家は自分の知る限り(「その横顔を見つめてしまう」ぐらいからしか知らないのだが)常に「当たり前にある現状」についての疑問を投げかけてきた作家だった。反体制的と言ってしまってもいいぐらいには。るーすぼーい作品の主人公、ヒロインたちは常に現状に不満を持ち、何かを壊したい、どこかへ行ってしまいたい、という鬱屈を抱えた人物像として描かれてきた。彼らは、あるいはその現実に妥協し、あるいはその現実から逃れようとし、あるいは表現という形で世界への疑問を投げかけてきた。結果として彼らは逃れられないことを知り、現実に妥協することも多いのだが、自分に言わせると結果は問題ではない。「抗う」という姿勢こそが、彼らをるーすぼーい作品の登場人物であり、るーすぼーい自身の思想を体現させるためのキャラクタたらしめていたのだ。「最初から疑問すら抱かなかった」と「抗ったが自分の力ではどうにもならなかった」とでは0と1ぐらい違う。
そういった「るーすぼーい的なキャラメイキング」は今作でも十二分に発揮されている。なにせ主人公たちには逃げるべき場所、原点すら最初からない。逃げ出したい、逃げ出さねば、ただそういった想いが空回りするだけで、現実的な着地点は一見どこにもない。しかし物語が進むにつれ、あるぼんやりとした光が灯される。そして同時に現れる深い深い闇。
「逃避」だけに拘るのなら、彼らはどちらの方へ向かっていてもおかしくはなかったはずである。
だがそう、るーすぼーい作品においてなら、いくらその先の闇を強烈に予感させるものであっても、彼らは(特に彼は)一瞬のきらめきを摑むために駈けだし、そして辿りつくのだ。
光とも闇ともしれぬ、未知の場所へと。
叙述トリックやどんでん返しなんかではなく、自分はるーすぼーいのこういう所に惹かれて、目を離せなくなっていたのだと、強く再確認させてくれた作品だった。